月別アーカイブ: 2013年12月

映画とギャンブル

昔の映画を見ていて、ギャンブルの話といえばいつも西部劇と自分の中では相場が決まっている。ギャンブルつながりで、連想してしまうのは、一攫千金を夢見ている、という意味でパッと思い出すのが、明日に向かって撃て!である。

主人公であるボニーとクライドは、実際には銀行強盗なのであるけれど、映画でロバート・レッドフォードとポール・ニューマンが見せるシーンが蘇ってきてとてもわくわくするのであるが、ギャンブル自体は全然でてはこない。

同じメンバーでギャンブルを中心に扱った映画だとスティングのほうがしっくりくるのかもしれない。

現在の我々の世界で、ギャンブルといえば、パチスロや、競馬、競艇、競輪、それに宝くじ、ロトあたりになるのだろうか。

だが、しかしギャンブルはほとんどの場合人任せなので、自分で確立を上げる事はできないと感じる。

まだロト6やロト7あたりは、自分で決めた数字の組み合わせによってくじを買えるのだからあたってもだめであっても自分の運だめしにはもってこいのような気がしている。

ただ、やるからには少しでも当たりやすいほうがいいわけであるから、高確率で当たる可能性が高い方法を選ぶことにした。

ロト6 当選確率を上げる方法は、統計学と確率論で導きだされた結果で数字を選ぶので

適当に当てずっぽうで選ぶよりは当たる確率が高くなる道理だ。

見たい映画が見当たらない

最近、映画館に足を運ばなくなった。

その理由のひとつに、近場の映画館がどんどん閉鎖されていることもその理由のひとつだ。だけど、そもそも、さいきんは触手を伸ばしたくなるような魅力ある映画が全然ないと感じるのだ。

普通に見ていても大型スケールの映画自体、ここ数年きていないように感じるし、かといって、日本映画を開拓してみようなんて気もさらさら起こらない。

まあ日本映画は、食わず嫌いなだけで、見てみると案外楽しめる良作はいくらでもあるんだろうけどね。

そうすると、おのずと見る映画は昔の懐かしい映画の方に目が行ってしまうわけだけど、それも年いったせいなのか、いつでも見れるからという安心感からなのか、タイトルを目で追ってはいても、結局のところ、やっぱり見ずに終わるのである。

そうしておいて、出かけた折に相変わらず、映画館で上映しているタイトルを見つつ、文句をいっている自分がいるのである。

映画館で困ったこと

私は元来、便秘症なのであるが、普段は2,3日でないこともザラなんである。なので、毎朝頑張っても無駄だとわかっているので、その気にならないとトイレにはいかない。

ただ、問題は、トイレにはいかないまでも電車やエレベーター、どこかの教室にいるとき、会社で仕事中、会議中の時、そして大好きな映画館にいるときに、お腹が張ってたまらなくつらいことが多いのである。張るだけならまだしも、ガス、つまり屁がでそうになるのが大変困るのである。

音もそうだがニオイがするのはもっと困る。そういった時に、いわゆる世間でいうところのスカベ(京ことばが語源?音のしないおならのこと)であればまだほっとするのだがいつもいつもそういうわけにはいかないので、とても困っていた。

先日、便秘を改善すれば少しはましになるかと思い、いいものがないかと探していたらヴェントゥーノという会社の快朝酵素というサプリの広告が新聞に掲載されていた。結構人気があるという。

お試しが490円で6日分もあるというので一度試して見ることにした。結果は後日またお届けしようと思う。

本を読むということ

幼い頃より本を読み聞かせていると子供は、読解力が付き、国語力がアップするといわれたりしているが、実際のところはどうなのだろうか?自分のことを思い返してみると、小さいころには寝るときにいつも本を読み聞かされていた覚えがある。そのおかげかどうか、小学校に上がるとすぐに毎日図書館で本を読んでいたし、友達と毎日何冊読むことができたか競っていたりもした。元々数学や科学、物理などは苦手だったので、なるべくして文系脳になっていったのかもしれない。それからは、中学、高校、大学と読書することは趣味のひとつとなった。就職してからは住宅営業の仕事についたこともあり、忙しすぎて本どころではなくなったが、いずれ読もうと思い気になった本は常にストックしておいた。結婚し、子供ができた時、子供にも本を読み聞かせようと思っていたが、それはできなかった。しかし、息子も娘も、勉強はほとんどしなかったにもかかわらず、国語は割とよくできた。読解力というものは、実際どこからくるものだろうか?少しわからなくなった。まあ遺伝というのもあるのかもしれないが。40すぎて、ようやく時間がとれたので、たまにはストックしておいた本でも読もうかと思って、見てみたら今では、老眼が進んでいて、ほんの小さな文字をみたら頭が痛くなって結局読むことが嫌になった。皮肉なものだ。

ベルトリッチ監督作品の甘美な世界

10代ではヴァイオレンス映画にあこがれていた時期もあったが、少しづつミュージカルなんかも見るようになった。とはいえ、ウエストサイド物語とか相変わらずの抗争青春ミュージカルだったりするんだけど。だけど大学に入った頃にちょくちょく目にしたベルナルド・ベルトルッチ監督の映画を見たくてみたくて、2001年宇宙の旅の前より先に見たのは、ドミニクサンダもでていた暗殺の森、だった。暗殺の森はリアルタイムではなく、たまたま大阪の映画館でやっているのを知り、ひとりで見に行ったのだ。映画館は、どちらかというとこじんまりとした映画館で、通路には暗殺の森のポスターが貼ってあった。ドミニクサンダの顔のアップ写真が美しいポスターはひと目で気に入って、開演前に受付の人にお願いしてポスターをもらえないか懇願した。暫くの間は、上映期間がまだあるので上映期間が終わればその時にまた返事するといわれた。映画を見ている間は、主人公よりもドミニクサンダに釘付けだった。くわえタバコで両肩をゆっくり振りながら歩くその姿にしびれた。

映画館にいっても基本的にパンフレットは購入しない主義だったが、暗殺の森だけは例外だった。パンフレットを握りしめながら、帰り際にも再度映画のポスターの件をお願いして心待ちに連絡の来るのを待っていた。

約2週間後、映画が終わってからすぐに連絡が来て、無事にポスターを手に入れることができた。それ以降、私の部屋には、20年以上も暗殺の森のポスターが飾ってある。このポスターだけは、ジェームスディーンのポスターと共に青春の思い出として大事にとってあるのだ。

私が影響を受けた映画

映画はそれまでにも何本も見てきた。当時テレビでは日曜洋画劇場など60年代の古いウエスタン映画が夜のゴールデンタイムでは当たり前のように流れていた。西部劇は本当にテレビでやっていれば必ず見ていたものだ。父親が映画好きなせいで、家ではみんなで見るのが当たり前だったのだ。ジョン・ウェインやジュリアーノ・ジェンマ、クリント・イーストウッド、スティーブ・マックイーンのウエスタン映画は大好きだった。戦争映画も多く放映されていた。そして、映画と共にいつも音楽があった。映画のサントラが流れるといつも映画のシーンが脳裏に蘇ってきた。そんな映画漬けの日々を過ごしてはいたものの、衝撃的に心に残る作品とは、なかなか巡り合わなかった。

中学生の時に見た3つの映画がとても共感を覚えた。マーロン・ブランドの暴力者(あばれもの)とジェームス・ディーンの理由なき反抗、エデンの東だ。最初に見たのは暴力者のほうだった。バイク乗ったアウトローの集団(日本でいうところの暴走族のかわいい版みたいなもの)の話だった。でもマーロン・ブランドの出で立ちや、仕草がとても渋く見えた。続いてみたジェームス・ディーンの上目遣いに見つめるあの目がなんともいえず、親近感を覚えた。ジェームス・ディーンの遺作となったジャイアンツもすぐに見て、髪型まで影響を受けた。そのおかげで、それから10年以上にも渡り、髪型はリーゼントだ(笑)

ジェームス・ディーンの映画を見たあと、日本映画の日活映画に出ていた赤木圭一郎にはまった。霧笛が俺を呼んでいる、なんかはジェームス・ディーンと同じく若くして交通事故で死んでいるので、もっと作品を見てみたかった気もしたが、年を重ねた姿は想像できなかった。

高校生になった時に、衝撃を受けた映画がスタンリー・キューブリック監督の時計じかけのオレンジだった。暴力に次ぐ暴力。ドラッグ入のミルクを飲みながらウルトラバイオレンスの計画をたてる。ホームレスを棍棒で集団でめった打ちにする。敵対不良グループも叩きのめす。あげくに作家の家にみんなで忍び込み雨に唄えばを口ずさみながら、作家の妻を犯した。もうとどまることをしらない暴力の嵐。雨に唄えばを口ずさみながら暴力をくる返すシーンには、なぜだか”笑って”しまった。そう、なぜだか笑ってしまったのだ。そんな自分の感情をおかしなやつだと客観的な立場で見ている自分がいた。主人公はそんな暴力的な人間だったが、自宅ではベートーベンの第九を愛聴していた。そんなインテリぽいところとのギャップがとても魅力的に見えた。

今思うに、10代の頃というのはちょい悪な気分っていうのがなんだかかっこいいとでも思っていたのだろう。当時は横浜銀蝿あたりのつっぱりブームだったから尚更だったのかもしれない。

大学生になるとVTRを手に入れたおかげで24時間映画も録画できる環境になったので、ひたすら録画した映画を見て、気に入った映画は映画館に足を運んだ。

次回はその大学時代に出会った映画の話でもしようかと思う。